再発見 日本の哲学 廣松渉――近代の超克
【重要】
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■商品説明
「唯物論」とは、たんに物質という実体に依拠して論を立てることではない。廣松はそれを「唯物論(ただものろん)」と呼んで、厳しくしりぞける。
まず物と物があって、その間に関係が成り立つのではない。まず関係があって、そこから、物が出来してくるのだ。ここに廣松哲学の真髄がある。
マルクス主義によりながら、日本を考え続けた戦後日本の代表的哲学者・廣松渉。難解な漢語を多用する独自の文体で多くの読者を魅了したその思想の本質とはなにか。廣松の高弟でもあった著者が明解に論じ、朝日新聞の「ゼロ年代の50冊」にも選ばれた名著。
たとえば、有名な概念である「物象化」とはなんだろうか。商品には、労働の産物としての価値だけではなく、それ以上の、物神的な性格が宿る。そこには、「物」以上の価値がうまれる。「価値」は、単純に人間の労働が生み出すだけなのではなく、むしろ社会的な関係から生まれるのだ。これをマルクスは「総労働に対する生産者たちの社会的関係」から価値が決定されると言った。廣松は、マルクスを再解釈しながら、この視点を独自の思考で深めてゆく。「物象化」は経済の概念を超えて、廣松の哲学的思索のカギとなる。
ここには、マルクス主義者として、戦後日本の左翼思想のリードした思想家の側面と、その思想を哲学として深めていく哲学者の側面との両方が、垣間見えるだろう。日本社会にとって、廣松とは、なんであったのか。保守もリベラルもなく、ひたすら混乱した政治風土に生きざるをえない現在のわれわれ日本人が、いまこそ読み直すにふさわしい哲学といえる。本書は、その、恰好の入門書である。
*本書の原本は、菅野覚明・熊野純彦責任編集「再発見 日本の哲学」の一冊として、2007年、小社より刊行されました。
【目次】
序章 乗り越えへの希求
1.難解な文体の起源をめぐって
2.宣言する思想
3.郷里を出る知の型
第一章 近代という問題系
1.市民社会とネーション
2.機械的合理主義
3.アトミズムと主観・客観の分離
第二章 マルクス主義 の地平
1.疎外論から物象化論へ
2.世界の共同主観的存在構造
3.役割行為から権力へ
第三章 日本思想のなかの廣松渉
1.京都学派批判の意味するもの
2.近代主義の近代観
3.近代の超克のパラドックス
■著者
【小林 敏明著】
1948年、岐阜県生まれ。1996年、ベルリン自由大学学位取得。ライプツィヒ大学教授資格取得を経て、ライプツィヒ大学東アジア研究所教授。専攻は哲学、精神病理学。主な著書に、『精神病理からみる現代思想』(講談社現代新書)、『西田幾多郎の憂鬱』『西田哲学を開く』(いずれも岩波書店)、『〈主体〉のゆくえ』(講談社選書メチエ)、『フロイト講義 〈死の欲動〉を読む』(せりか書房)など多数。訳書に、『デジタル・デメンチア』(講談社)などがある。

