ペリー日本遠征随行記

ペリー日本遠征随行記

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■商品説明

幕末の黒船、ペリー艦隊で来日し、ペリー自身の日記や公式記録とは異なる視線で日米交渉の一部始終を目撃した首席通訳による貴重な記録。
1837年、日本人漂流民を送還しようと浦賀に来航した米商船モリソン号に同乗したサミュエル・ウィリアムズは異国船打払令により砲撃を受けマカオに退去したが、日本人船員から日本語を習い、ペリー日本遠征の通訳として1853年艦隊に同行。沖縄、小笠原諸島を経て久里浜に上陸し、開国を求める米大統領フィルモアの親書を浦賀奉行に渡した。翌年再び日本に来航して神奈川条約を締結した。鎖国の重い扉をこじ開ける「むずかしい任務を達成するための欠くべからざる奉仕」に尽力したとペリー提督が称賛した首席通訳の随行記には、遠征への冷静な目と日本人に対する優しい眼差しがあった。
 下田で密航を企て黒船に乗り込んだ吉田松陰、金子重之輔に応対し、「明らかに教養のある人物だった」とその人柄を見抜く眼力も備えていた。また黒船来航の報に急遽出島から駆け付けたオランダ大通詞・森山栄之助など幕府の様々な役人や沖縄の宮廷高官とも交流。さらに散策で訪れた横浜、下田、箱館などでの植物や魚類、花鳥風月から住民の風俗、性格まで好奇心のままに詳細に観察、外国人による幕末日本の貴重な記録としても高く評価される。〔原本:『新異国叢書8 ペリー日本遠征随行記』雄松堂出版、1970年刊〕

【著者】
サミュエル・ウェルズ・ウィリアムズ(サミュエル・ウェルズ・ウィリアムズ)
Samuel Wells Williams 1812年,米国生まれ。宣教師,外交官。モリソン号事件の日本人船員から日本語を習い、1853年、広東からペリー遠征隊に同行。翌年再来日。広東帰着後、米公使館書記、帰国後はエール大学教授などを務めた。1884年没。

【訳】
洞 富雄(ホラ トミオ)
1906年、長野県生まれ。早稲田大学史学科卒業。同大学図書館副館長、同大学教授などを務めた。著書に『南京事件』(新人物往来社)、『幕末維新期の外圧と抵抗』(校倉書房)、『間宮林蔵』(吉川弘文館)、『鉄砲』(思文閣出版)など。2000年没。

【解説】
西川 武臣(ニシカワ タケオミ)
1955年、愛知県生まれ。横浜開港資料館館長。著書に『浦賀奉行所』(有隣堂)、『ペリー来航』(中央公論新社)、『幕末明治旗本困窮記』(山川出版社)など。

■著者

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